【第1話】僕の原点は「ハズレ」の白いギター。NSPとCharと、質屋の思い出

はじめに:自転車とギターの違い

「自転車は一度乗れるようになれば、何年ブランクがあっても乗れる」なんて言いますよね。 あれ、ギターには当てはまらないってご存知でしたか?(笑)

現在62歳、膝の療養中で休職中の私「エレキおじさん」ですが、実は10年ほど前に30年のブランクを経てギターを再開しました。 頭の中では当時のように指が動いているつもりでも、現実は残酷。まったく指が動きませんでした……。

それでも今、愛車のエブリイワゴンにギターを積んで旅に出ようとしているのは、やはり音楽が私の人生の「原点」だからです。 今回は、そんな私のギター人生の始まり、40数年前の「ある勘違い」から始まったエピソードをお話しします。

親にねだって連れて行かれたのは「質屋」だった

私が中学生の頃、世の中は空前のフォークソングブームでした。 井上陽水、かぐや姫、そしてNSP(ニュー・サディスティック・ピンク)。 テレビやラジオから流れるアコースティックギターの音色に憧れ、多感な時期だった私もご多分に漏れず、「ギターが欲しい!」と親に猛烈におねだりをしました。

今なら迷わず楽器店に行くところですが、昭和の親父が私を連れて行ったのは、なんと近所の「質屋」でした。 そこで親父が「これでいいだろ」と買ってきたのは、私が夢見ていた上手い人たちが弾いているような木目(ナチュラル)のギターではなく、メーカーもよく分からない真っ白なフォークギターでした。

当時のフォークギターといえば、美しい木目の「ナチュラルカラー」が王道。 そんな中で、ペンキでベタっと塗りつぶしたようなこの白いギターは、子供心にも明らかに「おもちゃ」のように見えました。 後で知ったことですが、当時この手の「ホワイトギター」といえば、いわゆる「安物」の代名詞のような存在だったそうです。

正直、がっかりしました。「これじゃないんだよなあ……」 知識のない子供だった私は、直感的に「ハズレ」を引いたと感じていました。でも、せっかく買ってもらった手前、文句は言えません。

「ハズレ」だからこそ、誰よりも練習した

不思議なもので、最初は不満だらけだったその白いギターも、毎日弾いているうちに愛着が湧いてきました。 「道具が安物だから弾けないんだ」とは言いたくない。そんな変な意地もあってか、私は夢中で練習しました。

Fコードで挫折する友人が多い中、私は指の皮が剥けても弾き続けました。 気がつけば、ちゃんとした良いギターを持っていた友人たちよりも上達し、仲間内では一番弾けるようになっていたのです。 「弘法筆を選ばず」なんて大それたものではありませんが、あの白いギターが私に「努力する楽しさ」を教えてくれたのかもしれません。

NSPのバックで弾いていたのは、まさかの「あの人」

当時、私が特に夢中になっていたのがNSPです。 フォークグループですが、彼らの曲には時折、ロックなファズ(歪み)の効いたエレキギターのフレーズが入っていて、それがたまらなくカッコよかったのです。

私はアコギである白いギターで、その歪んだエレキのフレーズを必死に耳コピしていました。 「俺、速弾きできるようになったぞ!」なんて友人に自慢していましたが、後年、ある事実を知って驚愕しました。

当時NSPのバックでギターを弾いていたのは、なんとデビュー前のChar(竹中尚人)さんだったのです。

知らず知らずのうちに、私は日本のトップギタリストのフレーズを、質屋の白いギターで追いかけていたことになります。 これが、私とエレキギターとの、運命的な出会いでした。

(次回、不良の溜まり場と「借りパク」ギターのお話へ続きます)

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