みなさん、こんにちは。「エレキおじさん」です。
現在は膝の怪規という想定外の「人生の休憩時間」を過ごしていますが、この時間はこれまでの歩みを振り返り、次なる「本番」への準備をする貴重な機会だと捉えています。
そんな中、ふと一台のハードディスクに収められた古い映像を見返しました。 実は、これらの8ミリビデオをデジタル化したのは、今から約15年前のこと。あの大震災――3.11を経験したことがきっかけでした。
「当たり前の日常や、大切な思い出は、いつ失われるか分からない」
そんな切実な思いが私を突き動かし、家族の成長記録や旅の記憶を、確かな形にして残しておこうと決めたのです。そこに映っていたのは、今から25年前。情熱に溢れていた私の「アウトドア人生」が幕を開ける直前の風景でした。
厳しい冬が教えてくれた「相棒」の頼もしさ
私の物語の原点は、転勤で住んでいた福島県にあります。
当時の生活は、とにかく車がすべてでした。職場までは片道約40km。毎日、往復80kmの道のりを愛車で駆け抜けていました。
特に忘れられないのが、福島の厳しい冬です。 路面はガチガチに凍りつき、スタッドレスタイヤは命綱。夜の帰宅時には、あちこちで凍結による渋滞が発生し、普段なら1時間もかからない道のりに3時間以上費やすことも珍しくありませんでした。凍りついたフロントガラス越しに、じりじりと進むテールランプの列を眺めていた時間は、今となっては懐かしい思い出です。
そんな過酷な環境を共に戦ってくれたのが、スバル・レガシー・グランドワゴンでした。 低い重心と、スバル伝統の頼もしい4WDの走り。どんなに雪が深くても、路面が滑りやすくても、この車なら家族のもとへ送り届けてくれる。そんな絶対的な安心感がありました。

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「いつかは自分たちも」……ドライブで膨らむ夢
当時の休日は、このレガシーに当時小学校1年生だった娘と、2歳下の息子、そして妻を乗せて、福島の豊かな自然を巡るドライブに出かけるのが定番でした。
猪苗代湖や裏磐梯の山々。レガシーの車窓から流れる景色はどれも美しく、目的地で車を降りて深呼吸するだけで、日々の疲れが癒されていくのを感じました。
その頃の私たちは、まだキャンプ道具一つ持っていない「アウトドア予備軍」。 でも、ドライブ先で見かけるカラフルなテントや、楽しそうに焚き火を囲む人たちの姿を見るたびに、「いつか自分たちも、あんな風に自然の中で過ごしてみたいな」という淡い憧れが、私の中で静かに、でも確実に膨らんでいたのです。
レガシーで福島の道を走り込み、自然の美しさを肌で感じていたあの数年間。それこそが、私の本格的なアウトドア人生への「助走期間」だったのだと思います。
運命を変えた、あの一日
レガシーとの日々は充実していました。走りの良さにも満足していました。 しかし、そんな平穏な日々に、突如として激震が走ります。
ある日、何気なく立ち寄った自動車の展示会。そこで私は、自分の常識を覆す「ある車」と衝撃的な出会いを果たしてしまったのです。
それは、まだ購入してわずか1年のレガシーを手放してでも手に入れたい、魔法のような車でした。
【次回予告】 レガシーへの満足を一瞬で吹き飛ばした、運命の出会い。 屋根が跳ね上がる「フォード・フリーダ」との出会いが、エレキおじさんをゼビオでの爆買いへと突き動かします!
次回、「第2回:1年で乗り換えた運命の車。フォード・フリーダと屋根の上の秘密基地」。お楽しみに!
エレキおじさん (かつて福島の雪道を走り抜け、3.11を機に思い出を形に残した62歳。現在はエブリイでの再出発を夢見ている。)