【車歴と旅④】膝の怪我が教えてくれた潮時。バイクから再び「屋根のある旅」へ回帰するまで

この記事は、【エレキおじさんの愛車遍歴と、次なる旅への軌跡(全5話)】の第4話です。前回は、大型バイク「W650」という自由な翼を手に入れ、二度目の青春を謳歌していたお話でした。

▶ 前回(第3話):【車歴と旅③】四輪から二輪へ!愛車W650で風を追いかけた自由なツーリング時代

▶ 次回(第5話):【車歴と旅⑤・完結編】62歳の新相棒はスズキ・エブリイワゴン!夫婦旅行に向けた驚愕の逆転劇

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みなさん、こんにちは。「エレキおじさん」です。

W650で風を切って走り、堤防で竿を出す。そんな時間がずっと続くものだと、私は疑いもしませんでした。

しかし、人生には時として、自分の意志とは無関係に「一時停止」のボタンが押されることがあります。私にとってそれは、今まさに直面している「膝の痛み」でした。

「ごまかし」が効かなくなった日

実は、以前から膝には違和感がありました。 仕事の過労もあってか、ズキズキと痛む日はありましたが、これまでは自分の体をいたわりながら、なんとかW650に跨ることができていました。痛みを抱えつつも、エンジンをかければそんな苦労も吹き飛ぶ……。そんな風に、自分をだましだましやってきたのです。

しかし、ついにその限界がやってきました。 膝の状態が急激に悪化し、歩くことさえままならなくなり、現在は仕事を離れて療養(休職)の日々を過ごしています。

正直に言えば、休職してからは一度もバイクに乗れていません。 200kgを超える車体を支えるのは、今の私の膝にはあまりに過酷な現実です。ハンドルを握り、アクティブに動き回っていた自分にとって、ガレージで眠る愛車をただ眺めるだけしかできない時間は、心細く、そして何より悔しいものです。

妻には言えない、5月までの「猶予」

家族、特に妻は私の体を一番に心配してくれています。「もうバイクは危ないから、無理しないで早く手放したほうがいい」――その言葉は、優しさだと分かっています。

でも、私はまだ、完全に諦めたわけではありません。 実は、W650をすぐに手放すつもりはないのです。車検が切れる「5月」まで。それが、私が自分自身に与えた猶予期間です。

「もし、リハビリを頑張って膝の調子が戻れば、もう一度だけあの鼓動を味わえるのではないか」 「最後にもう一回だけ、自分の足で支えて、あの風の中を走ってからお別れしたい」

そんな一筋の希望を捨てきれず、車検まではガレージに置いておくことを決めました。もちろん、妻には「すぐに手放さないこと」は伏せています。62歳。聞き分けのいい大人でいなければならない反面、どうしても譲れない「男のわがまま」がそこにはあるのです。

8ミリビデオが照らしてくれた、次なる道

そんな葛藤の中で、私は以前デジタル化した、あの思い出の8ミリビデオをもう一度見返しました。 3.11という大きな出来事を経て、形に残しておこうと決めた家族との記録。

そこに映っていたのは、福島でのレガシー時代や、フォード・フリーダの屋根の上で大はしゃぎする子供たちの姿。そして、それを見守りながら心の底から笑っている、かつての自分でした。

「そうか、バイクだけが『自由』じゃないんだ」

四輪には四輪の、屋根がある旅には屋根がある旅の、素晴らしい世界がある。 膝を労わりつつ、再びあのワクワクを取り戻すためには、今の自分に最適な「新しい形」があるのではないか。バイクへの未練を抱えつつも、私は同時に「次なる一歩」についても真剣に考え始めました。

「妻と一緒に、ゆったりと景色を楽しめる車」 「膝への負担が少なくて、それでいて秘密基地のように遊べる車」

私は再び、かつてゼビオで道具を揃えたときのような、あの「作戦会議」を始めました。 維持費を抑え、小回りが利き、それでいて車中泊を最高に楽しめる一台……。

【次回予告:最終回】 バイクへの希望を持ちつつも、エレキおじさんが現実的な「再出発」のために選んだ答え。 それは、かつての巨大なフォードとは対極にある、けれど可能性に満ちた「軽」でした。

来月納車予定の「スズキ・エブリイワゴン」! なぜこの車なのか? そしてこれから始まる妻との新しい旅の計画とは。

エレキおじさん (膝の痛みと闘いながら、W650への想いを胸に、新しい相棒「エブリイ」の納車を待つ62歳。)

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