【第3話】新聞に載った日。「ヤマハ・ロックジャム」優勝と借りたギターの行方

こんにちは、エレキおじさんです。 膝の具合はいかがですか?と聞かれることがありますが、日によってまちまちですね。無理はせずに音楽を聴きながらのんびり過ごしています。

さて、前回は「ギターを持っていないのにバンドを組む」という無茶苦茶な話をしましたが、今回はその続き。借り物のギターで挑んだコンテストと、少しだけ誇らしい思い出のお話です。

ロックンロールから「シティポップ」へ

市民会館でのデビュー後、バンドはメンバーの脱退などを経て形を変えていきました。 そして出会ったのが、先輩バンドが演奏していたサディスティックスの「READY TO FLY」や、SHOGUNの都会的なサウンドでした。

これまでロックンロール一筋だった私にとって、16ビートの鋭いカッティングや、歌のないインストゥルメンタルの世界は衝撃的でした。 「ただジャカジャカ弾くだけじゃダメだ」 先輩から譲ってもらった**グレコのSE500(ナチュラルカラーのストラトキャスター)**を手に、私はCharや高中正義のテクニカルなプレイにのめり込んでいきました。

ナチュラルカラーのストラト。これは当時の上手い人たちがこぞって使っていた憧れの仕様です。 先輩から譲り受けたこのギターで、私の技術はさらに磨かれていきました。

勉強はダメでも、ギターなら負けない

新しく組んだバンドで、当時流行していたヤマハ主催のコンテスト「ロックジャム」に出場することになりました。 演目は2曲、Char(コピー)一曲、オリジナルソング一曲。 毎日必死に練習した甲斐あって、なんと予選大会で見事優勝することができました。

普段は勉強ができなくて先生に怒られてばかりの私でしたが、この時ばかりは地元の新聞に「優勝」の記事が載りました。 「お前、すごいじゃないか!」 先生や親に褒められた時の、あのこそばゆいような、誇らしいような気持ち。 ギターが、私という人間に「自信」を与えてくれた瞬間でした。

東北大会の壁、そして「返却の儀式」

意気揚々と挑んだ東北大会。 勝てば仙台・菅生の野外ステージに立てるチャンスでしたが、結果は敗退。 上には上がいることを思い知らされました。

そして、高校卒業後の春。 就職のために新生活の準備をしていたある日、我が家に「ピンポーン」とチャイムが鳴りました。 玄関を開けると、そこには以前ストラトを貸してくれていた友人が、お母さんと一緒に立っていました。

「あのギター、そろそろ返してほしいんだけど……」

どうやら私が地元を離れると聞いて、さすがに回収しに来たようです(笑)。 長期間の「借りパク」状態、さすがにそのまま逃げるわけにはいきません。

「長く借りてて悪かったね」 私は平謝りしつつ、たまたま買い置きしてあった新品の弦をセットにして、彼にギターを返しました。 これにて私の「借りパク疑惑」は無事(?)、円満解決となりました。

手元から一本のギターが消え、私は改めて決意しました。 「働こう。そして今度こそ、あの憧れのヤマハSG1000を、正真正銘自分の金で手に入れてやる」

(次回、総武線で運んだ「激重」アンプと運命の出会いへ続きます)

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